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オメガスピードマスターデイト評価編集

[オメガ]OMEGA 腕時計 スピードマスター デイト 3210.51 メンズ [並行輸入品]
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 八十一歳になる西園寺は、京都弁でものやわらかに話しかける。 「浜口首相をやった犯人は、国本社に関係のある者ですが、背後調査は一向に進展しておりません。国本社を主宰する平沼(騏一郎)枢密院副議長方面の力が裁判所の調査を妨害しているようです」  西園寺は�平沼�と聞いて、一瞬きびしい表情をみせた。原田は続ける。 「一体、わが国の裁判所は、左傾に対しては徹底的に調査を進めるけれども、右傾に対しては故意に多少庇う傾向が見えます。やはりこれは、政党嫌いの平沼らの勢力が強いからで、彼らは、�政党政治の積年の弊害が青年をしてかくの如き犯行に出でしめたのだ�といって、この事件を利用して国民に政党政治を呪わせるように仕向けているんではないかとも思えます。今度の犯人だって、徹底的に調べれば必ず背後に何者がいたか判るのですが、国本社の会員である裁判官や司法省の役人が、それを妨害しているようです」  平沼嫌いの西園寺は、いかにも同感だというように何度か肯きながら、原田が熱心に弁じたてるのを聞いていた。  原田は、ちょっと西園寺の様子を窺ってから、思い切って言葉を継いだ。 「公爵、いかがでしょうか。浜口首相は、あるいは議会に出席するのは不可能ではないかと思われます。もし浜口首相が議会に出席できなくなったら、宇垣陸軍大臣を首相代理にする、あるいは思い切って一時、民政党総裁に据えたらどうでしょう」 「………」 「いま宇垣陸相がなにかの不平で辞任すると、軍部は喜んで迎えて宇垣を中心にひとつに纏まるでしょうし、愚かな世間は、右傾の宣伝に乗せられて、これを非常な力に思うでしょう。そうすれば、かねて中間内閣をねらっていた連中は、天皇親裁論をふりかざして、政党政治打破の機運を作ることが、懸念されます。それよりは、宇垣大将を首相にして、軍制の改革もやらせ、枢密院の改革のために平沼副議長も辞めさせるというのは、頗るいい考えではないでしょうか。公爵が話されれば、宇垣大将はきっと思い切ってやるでしょう」  いつになく原田の口調に熱が籠っている。木戸によれば、西園寺は「狎れることを許されなかった」〈重光葵『巣鴨日記』(28年、文藝春秋新社)373〉という。秘書の原田がここまで立ち入って話すのは、差し出がましいことでもある。  しかし、今日の西園寺は、原田の真剣な顔を見て、肯くと、静かに口を開いた。  「まあ、民政党の中にも、結局それがいいのじゃないかと思っている連中もいるだろう。尤もなことだ、一理ある議論だ。満鉄総裁の仙石貢民政党顧問はどう考えているのかな。ともかく、一度、牧野(伸顕)内大臣に今の話をしてみるといい。内大臣は陸軍大演習に陛下のお供をしているが、明後日には帰ってくるはずだ」  原田は、その日のうちに東京に戻った。まず、議会開会までということで首相代理に任命された幣原外相に会い、江木翼鉄道大臣、小原直司法次官、仙石満鉄総裁、牧野内大臣などの間を駆け回った原田は、五日後の十一月二十四日に、再び興津に西園寺を訪ねた。  西園寺は、原田が「仙石総裁はともかく幣原首相代理で行こうといってました」と報告するのを一通り聞いたあとで、「今日午前中に竹越(与三郎貴族院議員)が来ました」と話しはじめた。 「竹越は妙なことを言っていた。はじめは、宇垣大将を民政党総裁にする工作を、富田(幸次郎)民政党幹事長らと一緒に進めるからご承知おき下さい、といっていたのだが、そのうちに、民政・政友両党協力の中間内閣をつくって宇垣大将を擁立する運動も考えていると口走った。……  それに、二十一日には、小笠原長生(元海軍中将)がやって来た。小笠原の用事は、来年一月に、蜂須賀貴族院副議長が任期満了になるが、その後を近衛(文麿)に継がせず、松平頼寿にやらせて欲しい、近衛はどうせ議長になるのだから、今更副議長までやらなくても、ということだった。ところが、帰りぎわに小笠原は、�公爵は宇垣大将の手足をしばって居られるんですか�といいました。いや、そんなことはない、と答えておいたが、小笠原は東郷元帥と極めて親しく、ロンドン海軍軍縮条約のとき末次(信正)軍令部次長と通じて反対運動の先頭に立った人です。末次は平沼と通じている……。どうも、小笠原や竹越の話を考えると、この前に原田さんが心配していたように、宇垣大将をめぐって、平沼だのなんだのがいろいろ動きだしたようです」〈原田別106〜108〉  西園寺は、遠く駿河湾のかなたに目を向けながら、しばらく黙った。見事な秋晴れの空が広がっている。 「原田さん、いいですか……」
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